芸術について-1-

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<はじめに>
正直に申し上げます。ぼくには芸術っていうことがよくわからないんです。世の人々が、なにをもって芸術とお言いになるのか、正直、よくわかりません。わからないから、わかろうと思って、あれやこれたと詮索してみましたけれど、やっぱり霧の中って感じで、明確な姿が見えないんです。皆さんは、どうなんでしょうね、ぼくだけがわからなくて、みんな知ってる。そうかも知れないし、そうでないかも知れませんね。なので、ぼくは、ここで、あらためて、芸術とはなにか、という問題を、ぼく自身に提出します。ぼくは、ああでもない、こうでもない、たぶん、右往左往しながら、答えていこうとします。いまどき、そんなこと考える奴はアホや、と言った友がいたけど、アホでもいい、時代遅れでもいい、とにかくぼくの気持ちが晴れないのです。

芸術ってなに、こういう問いかけは、どういう範疇に分類されるのでしょう。基礎演習でしょうか、たとえば法とはなにか、文学とはなにか、音楽とはなにか、なんていう問いかけの上位に蓋然としてある根本的な問なのでしょうか。目論見としては、螺旋階段を降りていくようなイメージで、次第に個別の問題に及んでいきたいと思っています。個別の問題に及んで、そこで、ああでもない、こうでもない、やっぱりわからなくなるのかも。断定すればいいのだ、と思う。過去に誰かが言ったそのことをベースにして、断定する。それはそれでいいかもしれないけれど、それは矮小化された結論ではないかと思えます。新しい時代の感覚で、新しい枠組みが作れないか、と思うわけです。

芸術作品、って呼ばれる目に見える物があるじゃないですか。たとえば絵画、彫塑、陶器とか。具体的には、モナリザとか、ミロのビーナスとか、あの茶器はなんだったっけ、有名なお茶碗。でも、なぜ、それが、芸術作品って言われているのか、その言われを問い詰めていきたいと思うのです。玉ねぎの皮を剥がしていったら何が残る、その要領で、芸術という物の皮を一枚づつ剥がしていく作業をやりたいと思うところ、そんなことできるのか。これはけっこうフェティッシュな、あるいはエロティックな、ヒトの心の奥をみつめ、あぶり出す、そういうキワモノなのかも知れない、と思ったりします。外観はどうでもよい、内側、内面、その無意識レベルの奥があぶり出せないか、そのようにも思うところです。