自伝的物語-3-

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 たしか馬酔木の花だと思っているけれど、間違っているかも知れない、馬が酔う木なんて匂いがきついんでしょうかね。昨日です、京都梅ケ畑の平岡八幡宮を訪れました。その沿道に咲いているのを見つけて写真に撮ったものです。堀辰雄の散文に「浄瑠璃寺の春」というタイトルの文章があったと思うんですが、その冒頭あたりに馬酔木が似合うとかなんとか、馬酔木という字句がありました。もうそれを知ったのは半世紀以上も以前の事で、どんな木の事だろうと長らく思っていました。これが馬酔木よ、と教えてくれたのは彼女で、その彼女とはいまも一緒にいます。さて、それはそれで、自伝を書こうとして、ここにいるのですが、通年でなるだけあったことを忠実に、なんて思いと、フィクションにしてしまえ、という思いが交錯していて、フィクションのようなノンフィクションのような、まるで夢の中、とりあえずは自分を立派な人だった、と印象つけるように仕立てていこうかと、思うところです。

 高校の二年生あたりだったか、文学に興味を持ちだして、小説を読みだしたころの、日本の小説家で興味を持ったのが堀辰雄という作家の小説でした。代表作は「風立ちぬ」でしょうね。それから菜穂子ってのもあった、恢復期とかルーベンスの偽画でしたか、不器用な天使なんてイメージは、いまもって心が洗われる感じです。ぼくの年齢でいえば17歳です。青春期の真っ只中というところでしょうか。まだ政治的には目覚めていなくて、感性的に文学へ惹かれていったようです。詩を読むことが多かった。外国の詩人で、アポリネールとかリルケとか、日本の作家では島崎藤村「若菜集」とか、高村光太郎「智恵子抄」だとか、啄木は中学生の時だからここでは除外ですが、自分でも詩集をつくろうと思って、ガリ版刷りの詩集を発行したものです。ただし三号で終わりました。そんななかですね、堀辰雄、風立ちぬ、節子って名前が出てくるじゃないですか、結核で亡くなってしまう女子ですが、とっても新鮮に思えて、愛読します。この節子という名前に、関連付けてその後のぼくの文学歴の系があったように思えます。

 17歳、高校二年生になって、大学の受験勉強を始めたぼくは、三当四落だったか四当五落だったかの熟語があって、睡眠時間によって合否が決まるという受験勉強へのハッパのかけ方で、それの準じて、ぼくは睡眠時間を削って、参考書に向かって、眠くなれば目覚ましの錠剤を吞むということをやりだしました。たしかに良い点が取れたと思います。ところが、ブラスバンド部をつくる話が浮上してきて、それに乗り出したのです。だれだったか合唱部をやっていた中学からの同期生に、吹奏楽部を創ろうといわれて、結局ひとりで奔走することになって、夏前に、吹奏楽部の初披露演奏会を開いたものでした。もう受験勉強は置いてけぼりで、新聞部もやめ、それに没頭して秋の文化祭までを突っ走ります。その底流に、好きな子への想いがあって、それを断ち切る気持ちの中で、すすめたぼく自身への逃避でもあったと思います。吹奏楽部立ち上げが終わる文化祭で、文芸部と出会って、文学への目が開いてきたのかも知れません。(続く)