取材日記180504

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結局のところ、千本えんま堂の狂言を少しだけ見て、写真に撮りました。
5月1日から始まっていて、4日の今日までですが、行かないでおこうと決めていたんです。
ところで、今日は、千本通りを上立売から北へ辿っていこう思って、そのようにするなかでした。
この地域は蓮台野と呼んでいて、登坂になっていて蓮の台の様子に見立てての、蓮台野です。
死体の捨て場というか、死者を野晒しにする場所だったというのです。

京には、東に鳥辺野、西に化野、北に蓮台野、と三つの死者を葬る場所があったというのです。
千本通りは京の都のメインストリートで、大極殿の北に延びる道、一条を越えると野辺。
千本通りの千本という名の由来が、卒塔婆が千本立てられていたからだというのです。
釘抜地蔵の上立売から鞍馬口の閻魔堂を越えていくと坂道になります。
船岡山の西裾で、その船岡山を越えるあたりから蓮台野というのだろうか。

上品蓮台寺を越えて、今、千本北大路を上がっていったあたりが死体棄て場ではないか。
今、佛教大学がある場所で、そのまま北に突き当たると、鷹峯という処に行きます。
鷹峯からは京見峠を越えて、日本海に通じる街道です。
目的は、光悦寺を写真に撮ることで、京都北物語の縦の点と線をつなごうと思うのでした。
これで三回、点と線をつないで、歩いたところです。

上賀茂神社から南へ櫟谷七野神社へ至った1回目、2回目は船岡山から東に本法寺まで。
三回目の今日は、千本通りを鷹峯まで北へのぼっていくことでした。
四回目があるとすれば、船岡山から西方向へ、金閣寺、衣笠山、竜安寺、ということかも。
北野天満宮を基点に、京都を捉えていた視点から、位相がだいぶんずれてきた感です。
北野天満宮からは市中を見ていたけれど、船岡山からは北山文化を見据えていく感じです。


posted by tansui at 17:11Comment(0)日記