芸術のはなし-4-

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表GEN研究会ph
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芸術とは何か、ということを考えようと思って、このブログを作ったところでしたが、内容を埋めていくのに、あれやこれやと考えているうちに、一か月がすぎてしまいました。
芸術の概念というか定義というのがあると思うんですが、それを調べ上げて、これまでの芸術という概念を明らかにしないといけない。このように考えだすと、すぐさま芸術論ができるわけではないわけで、ちょっと困ったな、と思っているのが本音です。でも、我流ででも、これまであった芸術概念を言葉にして、そこから新しい、今、有効な、芸術概念をみちびきださないといけない、と思っています。

目的は、それをする人の在り方を規定するということです。それをする、という「それ」とは「芸術」のことです。そもそもの日本語でいう「芸術」という言葉が、何時頃から出現したのでしょうか。芸術という言葉の始まりとでもいいましょうか。アートとかアルスとか、西欧の言い方ではそのようになるかと思うんですが、そのアートとかアルスとかの語源というか使われ方の初めは何時頃なのか。推測する処19世紀、1800年代の何時頃からかと思うんですが。絵画では印象派とか、ひょっとしたらバウハウスの頃って、まだ芸術家なんて言い方、無かったんじゃないか。あてずっぽうですが、芸術を特別扱いするようになるのは資本主義になって、商品として貨幣価値に置き換えるようになってから、と聞いたようにも思っています。

言われてみると、たしかに商品としての芸術作品。価格がつけられ、第二の貨幣とも言われる作品。その作品を生み出すのが「芸術家」であり、つくられた作品が「芸術品」であり、それらの全体が「芸術」といえるのかもしれないです。その芸術のはなしをしているところですが、芸術とは何か、です。資本主義のシステムに組み込まれているとはいえ、たぶん芸術家の心は、資本主義のシステムに組み込まれない処での営み、といえるのではないか、と思います。資本主義のシステムに組み込まれるとは、生産工程の部分になること、つまり機械になる部分のことです。個人が、二つの側面を持つ、と仮定すれば、一つは機械になる部分、一つは機械にならない部分。この機械にならない部分で営まれ生産される行為が「芸術」することで、生み出される品物が芸術作品ということになります。
(続く)

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