桜の季節-4-

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 例年よりも桜の開花が早かったのですね。それと桜の開花は日本列島北上していくんですね。桜の話題は、何かと話題になる、話題です。というのも桜の話とかイメージは、日本国民の意識レベルで、生活レベルで美意識につながっていると思うんです。小説家が桜を素材に、小説の風景として書く。坂口安吾とか、谷崎潤一郎とか、ほかにも多々あると思います。日本画の世界でも、東山魁夷とか、あげだしたらきりがないほどいらっしゃいますね。写真も、桜を素材に撮って、表現された作品を見ます。東松照明が桜を撮って、写真集にされています。そうなのですね、芸術の各表現のなかで、各ジャンルの作家が、桜をテーマにして、素材にして、われわれの意識に刻み込んできます。

 ぼくも桜の取材は、1980年代から、その季節になると、浮足立って撮影に入ります。新しい切り口でイメージを構成しようと思って取り組みますが、なかなか難しいです。難しいといえば、技術的な難しさと表現する意図を明確にするという難しさの両方があります。どこまでいっても際限なく奥が深いと感じています。この記事のトップにあげた写真は、昨日、4月2日の午前中、京都の千本えんま堂に咲く関山桜です。千本えんま堂といえば「えんま堂普賢象桜」が固有種としてありますが、まだ蕾でした。文化の中にある桜を、文化をバックヤードとして撮る、このことに想いをはせています。思想的には「考察する」とかの言い方が適当なのでしょうが、ぼくはそれほどの学術家ではないので、散文的に感想をつける、程度でいいんだと思っているところです。

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