日記180305

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今日は朝から雨降り、出かけようかと思ったらまた降りだしました。
遡っていこう、昨日の事から。
昨日は、奈良の三輪山のふもとへ、文字さんに連れてってもらいました。
その前は、下鴨神社の糺の森で開催のもりの手づくり市へ行きました。
その前の日は、釜ヶ崎の座り込み現場へ、行きました。
その前の日には、アマノコーヒーロースターズさんのお店へ行きました。
つまり3月1日から3月4日まで、行き先を遡って羅列してみました。
それぞれに目的があって、目的を実現していくプロセスとして、一日がある。
そんな感じで、目的志向で、日々の行動を価値あるものとしているところです。
そう、価値あるものを形成するため以外は、無駄な気がして、嫌な気分になります。
でも、これは、目的志向で、決していいことだとは思っていないのですが、です。
目的がないと、なにしているのかわからなくなってしまうので、目的をつくります。

負けてたまるか、という気持ちがあるから、負けてたまるか、の企画を創る。
だれよりも、どこよりも、いい企画だと自画自賛しています。
それでないと、やってられないから、自画自賛するわけです。
しかし、でも、なぁ、というところで、人はそれらを無視するから、落ち込むのです。
前向きが三割、後向きが七割、気持ち的には、今日は、そんなくらいの配分です。
そんなときは、なにもかもがマイナーな方へ向いてしまうんですね。
停止か、止めるか、なんてことで、前向き、上向き、なんてことはないです。
極彩秘宝館への誘いがあって、ニューシュールリアリズムだと思って、参加します。
いにしえ巡りと内面探り、表面は極彩にして、次の領域へと行きたいわけです。
採用した写真は、下鴨神社の相生社ですが、ここは縁結びの神さまが祀ってある。
縁結びというのは、男と女が結びつくことで、その結びつきを「縁」という。

どうしたわけか生命を創り出す方法を、二つの性にわけて造られた、これ自然の理。
生命を生み出すきっかけを、二つの結合によってもたらすという仕組みです。
だれが考えたのだろうかという以前の、自然の摂理、根本なわけです。
この根本に根ざして、そこから言葉を発し、それに伴うイメージを作りだす。
そういうイメージがあって、言葉を紡ぎ出す、このことの循環で、高度な現在です。
未来には、もっと別の領域が確保されていくのですが、現在はそれの兆しを求めます。
生命の歴史というのは、生殖の分析と方法の歴史であって、すべてはそこにある。
思考の回路は、そのことをベースにして、組み立てていかなければ、ならないのす。
求められるのは、人間存在の本質の問題に、踏み入れていこうではないか、ですね。





日記180228

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昨日、長次郎という名の寿司屋で、お昼ご飯を食べました。
ランチメニューはピンからキリまであって、これは千円少し超えた盛り合わせ。
食べることばかりで、体重が増え気味で、これでは長生きできないなぁ。
長生きどころか、生きてるけど身体が不自由、なんてことになるのではないか。
そんな不安が、けっこうふつふつとわいてきます。
足の裏が痛む、と思っていたら手の平を押さえると痛い、いずれも左だから。
なにか内蔵で不調な処があるのか、とひとり詮索しているところです。
なるべく強く自分を主張しないようにしている自分があります。
どうしたらいのか、悩むというより、ぐだぐだ、自分の中で問答している。

いったい、何してるんやろ、と我ながら、我のことがよくわからない。
あれから二年、そのはじめからいえば三年、だいぶん過去になりました。
フォトハウス表現研究所&フォトハウス表現塾を、形ある処まで仕上げられた。
あとは、この器に、どうして息を吹き込むか、その段階にきているのですが。
息が吹き込めないで立ち往生しているところです。
4月からワールドカフェを開催しようかと、頭の中に遡上してきています。
テーマを決めないで、写真作品、文学作品などを持ち寄り、共有するのが一つ。
さまざまなことを情報交換するのがその二つ目。
カフェ&プレスとして構想したような内容だけど、これをオーソライズするか。

極彩秘宝館の企画には参加させてもらいます。
まるで現代版シュールリアリズム宣言のときのようにも思える。
目的が霧散してしまった感の表現の現状に、あらたな人間性を吹き込む器ではないか。
性とエロスのことは、かねてより考え、思ってきたわけだから、それを公にしていく。
72才にしてそう思って、名前はペンネームを使いますが、日本の中での発表です。
できれば海外仕様にしたいところですが、これは、これからのことに委ねていきます。
展示用のプリントが出来上がったと中村きょうさんからメッセージがありました。
感謝しています。
posted by tansui at 17:33Comment(0)日記

日記180227

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すっかり春になった感触の風に吹かれて、ふらふらと内なる散歩にでかけます。
からだが春の兆しに開いていくけれど、ふやけた感じがするのは歳のせいでしょう。
年を感じるのは、締らないからです。
なにもかもが締まらない、気持ちも身体も締まらない。
善も悪もあったもんじゃない、フラットな地平に這いつくばっている感じです。
価値観がとろけていく感じがして、目まいがして、クラクラしてくる感じです。
言葉で表現するのが難しいので、イラつくけれど、言葉でしかない表現できない。
写真のイメージなんて言葉があって成立するのだから、やっぱり言葉です。
「淡水の写真と文章」というタイトルにしたのは、フィクションするためです。
でも、めんどくさいなぁ、という気持ちが半分以上あって、立ちすくんでしまう。
もう、いいかぁ、って感じで、クローズしていくのに任せようか。
しゃくだけど、もう、過去のものとして、踏ん切りつけていこうか。

昨日はあなたがお住みになっている界隈まで行ったと思うんです。
あなたが日常的にお通りになっている道路を歩いたと思うんです。
この二年ほどは、その界隈を通過することを避けてきました。
かなり遠いところから、そのへんの界隈を思っていました。
ここを東へいけばその界隈に、ここを西にいけばその界隈に。
ここを北にいけばその界隈だ、そこを南にいったら、会うかもじれない。
同じ街に住んでいるのだから、偶然に、すれ違うかもしれない。
そんな期待のような心を抱きながら、この地にいます。
昨年の春よりこっちは、あなたの居場所がわからなくなりました。
唯一、メールアドレスがありますが、それを使えないまま、ここにいます。

今日は、天神さまへいって、梅の花だよりを試みました。
梅よりも桜の方がわくわくしてきますが、その走りで梅暦です。
一年の花暦、毎年、同じようなことを繰り返しています。
あと、何回、こうして花の季節の始まりを感知できるのでしょうか。
でも、秘宝の分野を明るみに出せるようになったことは、嬉しい。
文とイメージを組み合わせての発表だけど、その名前は「愛日記抄」です。
どこかで、おめにかかれたら、うれしいです。
posted by tansui at 15:44Comment(0)日記

日記180226

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ブログのタイトルをかえました。
文体は、ですます調ですね、やっぱり、だだった調には感覚的に合わない感じです。
それから、少しでも読みやすくするため改行にしていきます。
写真をつけます、今日の写真は、昨日の北野天満宮の梅花祭風景です。
お金を払って入場していないので幕の外から覗き見した風景です。
表題に中川繁夫と実名を冠して書きますが、別の処でペンネームを使います。
80年頃には中山明なんて名前を使ったことがありましたが、最近は内海淡水です。

日記としていますが、毎日書いていけるとは思っていなくて、週に一回くらいかなあ。
出来事が中心ではなくて、思うこと、その記録とでもいえばいいかと思います。
まだブログという記録手段を持たなかったころには、ノートに書きつけていました。
それは喫茶店で書くことが多かったのですが、ブログはパソコンの前です。
家にいて、パソコンに向かって、書いている。
スマートフォンは2015年の9月から使いだして、使い勝手がわからなくて失敗。
で、スマホで日記を書こうと思って、書きだしたが、文字が打てなかった。
なので、ブログを書くのはやめにしていて、インスタグラムで写真を投稿。
この方法に変えました、ところ、インスタグラムが注目されてインスタ映えですね。

この※しるしを区切りに入れることにしました。
少しでも読みやすくするためですが、そもそも読者がいるのか、との問題です。
自問自答で、数人くらいでしょうか、読んでいただける方、それも暇なときに。
ぼく自身が、あまりほかの人の文章を読まないから、ぼくもそのくちですかね。
ただ、興味ある人、あるいは恋心を抱く人の文章は熱心に読みます。
相手のことを知りたいという欲求ですね。
さて、ここまで書いてきて、ここまで読んでいただけるのかな、と思って置きます。
ありがとうございます!リンク先へ行って見てくださいね。
リンク:フォトハウス表現塾のホームページ
posted by tansui at 08:15Comment(0)日記