花の季節-2-

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内海淡水<はな>と<小説>です
桜が終わるか終わらないかの頃から野に山に花が咲きだします。
これはミツバツツジ、自然に生えていたのを移植したものです。
小さかった苗がそこそこに大きくなって今年の冬には雪で折れました。
残った枝についていた花芽が、太陽のもとに開いたというわけです。
こちらは年々年老いていくわけだから、花が咲くとうれしいです。
今年も見られたという感動もさることながら、老いを感覚で隠せるように思う。

花からイメージされる世界観の話ですが、ぼくはシュールな感覚派だと思えます。
空想の世界から自然主義を導いた芸術ですが、20世紀になってシュールリアリズムです。
超現実主義といえる表現の枠組みですが、主体は人間の、精神、本質、といったもの。
肉体のなりわいで意識が活性化する、脳機能を刺激する、そのためのエロティシズム。
エロというと、この文化の中ではイヤらしい感情で、排除されそうな領域ですが。
しかし、表現の歴史を俯瞰してみると、いつもこの領域を確保してきたのが芸術です。

この世界では、表と裏とか、あっちとこっちとか、ノーマルとアダルトとか、分類します。
その境界線をめぐって、いつも権力構図の中で、解放を求める側と抑圧をかけてくる側。
そういう二極構造があって、国や地域によって、その濃淡がはなはだしいわけです。
芸術的興味というより、ひとが興味をもつ本質が、セックスの内容だと思えます。
いま、新たな表現として、ますますセクシュアルな表現が顕著になってきています。
なにより、ネットの中、ヴァーチャルな領域において、いっそう顕著になっています。

花の季節-1-

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内海淡水<はな>と<小説>です
花の季節とゆうカテゴリーを作って、写真と文章を記して、残しておこうと思っています。
文体は、です、ます調で書いていく方が柔らかい感じがして書きやすいので、それにします。
内容が問題なのですが、そんなに公序良俗っていうんですかね、それに逆らわないようにします。
ここはR-18ではなくて、ノーマルなところですが、この区分というのも眉唾モノですね。
花は、ボケの花、真っ赤というか深い赤です。
花の写真と文章のホームページを作っていますが、小説はノーマル分野だと思っています。
アダルトサイトって言ってるところは、セクシュアルな内容の文章や画像が載せられますが。
ここでは、それは、していません。

花は桜から始まり牡丹が間もなく咲きだします。
最近は、頭がとろけてきてるのか、花の名前が思い出せないのですよ。
イメージと言葉の関連でゆうと、花の名前って、言葉との関連が少ないように思います。
しょっちゅう使っているイメージと言葉の関係なら、案外すらすら出てくるんですけど。
老化という奴ですよね、多分にもれず、それを自覚しないといけないんですね。
自分で自分をおもうほど、他者の目は、若くは見られrてなくてそれ相応の老人ですね。
もう、ここまで来てしまって、と言ったら、もっと先輩は、まだまだ若い、とおっしゃいます。
年齢を重ねるとともに、羞恥心とか、奥ゆかしさとか、そういう風雅な美意識が、減退します。

花は目立ちます。
山野草や樹木でさえ、花が咲くと、目立ちます。
花が咲いている時だけ、注目されるのが植物群のようです。
これは比喩で、人間とて花の時期があるんだと思えます。
でも、花が咲いていなくても、根を張って、花にまで成育させる土壌を作らなくちゃ。
現代表現研究所を主宰しだして、その仕事は、この土壌つくりだと思っています。
それにしても、いまや、ぼくに残された時間は、そんなに多くはないと思っています。
それを継承していける枠組みが出来てくれば、それでいいと思うところですが、さてさて。


風景論-6-

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宮内庁が管理している御陵が、京都市内から西の方には、あちこちにあります。
その管理地の御陵には、掲載した写真のような柵があり鳥居があります。
目に見える形で、その場所へ赴くと、その姿が確認できます。
いまや、これら御陵は、社会的な風景となっている光景です。
この光景を見て、ぼくは、内的な風景へとイメージをふくらませていきます。
表現とは、その外的風景を表して、内的風景を感じさせることではないか。
現代に近づくにつれ、この内的風景を表すことが、表現の大きなテーマとなります。
文学でいう「内面の発見」という概念です。
表現の歴史をざっくりと俯瞰してみると、内面を発見してくる歴史でありました。
この内面という問題を、絵画や写真という静止したイメージで、解いていく作業。
このことが、いま求められている課題なのだと思います。
いかに具体的に、それがイメージとして成立するか、でしょうか。
posted by tansui at 11:28Comment(0)風景論

自伝的物語-5-

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-5-
 自伝とはいっても史実に忠実に描いているわけではなくて、少しはフィクションを加味して自叙伝を書いておこうとの試みです。だいたい、自分の都合に合わせて、自分が主人公の物語を書くわけだから、都合のいいことばかりを書くというのが順当なところです。都合の悪いことは書かない。それの良否を自分で判断していくわけです。さて、高校生の頃の話を書いていたかと思います。実は昨日2018年4月5日ですが、清凉寺から清滝のトンネル前まで歩いてみました。中学の頃に飯盒炊爨をしに清滝へいく途中に通った道ですが、そののち、高校二年生になったころに、この地へよく来た記憶がよみがえってくるのです。同い年の女子の家が、一年下の女子の家が、その道筋にあって、昨日通ったら、古びてはいたけれど、健在でした。あれらの日々から半世紀以上が経っているのに、家屋が残っている、というのです。これは半世紀ぶりではなくて、数年前にも来ていて、確認していることでした。

高校二年生の秋に「そなちね」と名付ける詩集を発行します。1963年12月8日発行とあります。目まぐるしく変化した高校二年生だったと思います。記憶を辿っていくなら、吹奏楽部を創ろうという話が合ったのが、新学期始まってしばらくしてからです。二年生になって大学受験のための勉強をはじめていました。記憶では5月になってからではないかと思いますが、4月の後半だったかも知れません。生徒会総会を開いて一人月に10円、年間120円を生徒会費に上乗せして徴収するという案件を通しました。物価としては現在の十分の一だとして、今ならひとり月に100円、年間1200円、生徒数千人だから当時12万円があつまることになり、楽器を買いました。楽団を組むほどには数がなく、人数も足りませんでした。一年下の中学時代に吹奏楽をやっていた連中を集めて、10人ほどでしたか、吹奏楽部を創って、部長に就任しました。秋の文化祭でステージを作り、演奏して拍手喝采でしたが、中学からの応援で人数合わせをして終えました。

 吹奏楽部を後輩に譲ります。ぼくは文芸部へ行きますが、部員にはならなかったように思います。素足という文芸誌を出していて、それの借金が五千円ほどあるという話を聞いて、年末年始のぼくのアルバイト賃をそれに当てるため拠出しました。そういうことに金を拠出するというのは、その後にも何度かあって、ぼくの性格であればそれに補填するということでしょう。文芸部に近づき、そうして詩集を発行します。一部5円の定価で、クラスの女子に売った記憶があります。最近の高校同窓会で、ぼくの詩集を買ったという女子に会いました。二号まで発行、三号を編集中に止めました。寒い日々だった記憶があります。二年生の秋に修学旅行で南九州へ行きました。そのとき、クラスは別になっていましたが、一年の時に好意を持って、好きになって、思い悩んだ女子と一緒で、自分の気持ちが好きさ加減に落ち込んでしまって、成立しない恋に悩み苦しんだという記憶です。基本にこのことがあって、誰に話すこともなく、ぐっと耐えて堪えて、その冬を過ごしました。三年生になったあたりから、不良高校生になります。

桜の季節-5-

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毎年のことながら、桜は咲きだす便りを見聞きすると浮足立ってきます。
そわそわ、落ち着きが無くなって、花見気分に浮かれ出します。
ぼくは酒を飲まないから、飲食しながら花見する、という癖は持っていません。
でも、浮き立ってくるんですね、不思議ですね、気分が高揚してくる。
この歳になって、気づいたんですが、からだの内側がムズムズしてくるんだ。
生殖の兆しが、体内にあらわれてきて、顕在化してくるんだ。
そのもぞもぞの、うごめき感が、気分を高揚させるんですね。
人間は年中が発情期だといいますが、動物的には春が発情期ですね。
そのせいで、桜の季節って、こころがかき乱され、浮足立ってくるんですね。
5月の牡丹の頃は、こころは熟れ切っていて、発情の真っ最中なんでしょう。
なにかしら、生き物の原点を、想像しながら、桜の花を見ています。
(桜の季節おわり)

桜の季節-4-

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 例年よりも桜の開花が早かったのですね。それと桜の開花は日本列島北上していくんですね。桜の話題は、何かと話題になる、話題です。というのも桜の話とかイメージは、日本国民の意識レベルで、生活レベルで美意識につながっていると思うんです。小説家が桜を素材に、小説の風景として書く。坂口安吾とか、谷崎潤一郎とか、ほかにも多々あると思います。日本画の世界でも、東山魁夷とか、あげだしたらきりがないほどいらっしゃいますね。写真も、桜を素材に撮って、表現された作品を見ます。東松照明が桜を撮って、写真集にされています。そうなのですね、芸術の各表現のなかで、各ジャンルの作家が、桜をテーマにして、素材にして、われわれの意識に刻み込んできます。

 ぼくも桜の取材は、1980年代から、その季節になると、浮足立って撮影に入ります。新しい切り口でイメージを構成しようと思って取り組みますが、なかなか難しいです。難しいといえば、技術的な難しさと表現する意図を明確にするという難しさの両方があります。どこまでいっても際限なく奥が深いと感じています。この記事のトップにあげた写真は、昨日、4月2日の午前中、京都の千本えんま堂に咲く関山桜です。千本えんま堂といえば「えんま堂普賢象桜」が固有種としてありますが、まだ蕾でした。文化の中にある桜を、文化をバックヤードとして撮る、このことに想いをはせています。思想的には「考察する」とかの言い方が適当なのでしょうが、ぼくはそれほどの学術家ではないので、散文的に感想をつける、程度でいいんだと思っているところです。